
「サイボーグの惑星/Planet of the Cyborgs」作品解説
菅実花
15年近く住んだ関東を離れて、やっとダナ・ハラウェイの言っていたことがわかった。
human(人間)からhumus(腐植)へ、posthuman(ポスト・ヒューマン)ではなくcompost(堆肥体)を考えるという思考は、あまりに人間中心に作られた都市に住むと、実感できなかったからだ。
人間と非人間の境界、そして人間の視覚的認識についての探求が、私のこれまでの制作・研究にあり、そこに人間よりも鳥や虫の数が多い場所で暮らし始めたことが合わさって、やっと今のこの世界に目を向けることができた。
テクノロジーと不可分な人間は既にサイボーグだ。そのサイボーグが作り替えている地球に住む生物たちもその影響を受け続けている。
でも、人間の肉眼ではその全てを知ることができず、主観的な解釈から想像してきた。
ならば、サイボーグである私は、フルスペクトルカメラと一緒に世界を見よう。
最初に、この「サイボーグの惑星/Planet of the Cyborgs」シリーズのインスピレーションをくれたのはツバメだった。最初から作品にしようと思っていたわけではなかったのだが、彼らのことを知るにつれて、シリーズの外郭が定まっていった。
ツバメは巣立ったあと、しばらくは葦原をねぐらにしてとどまり、8月頃にふらっとまた人家あたりを飛び回り、そして渡りで南下し日本を離れる。よく「ツバメはお世話になった人に挨拶をして去っていく」と言われるが、実際には次に戻ってきた後でどこに巣を作るのか下見をしているので、おそらく元のつがいとは別の個体だ。7月末に数羽見にきていたので、来年の家候補なのだと思う。
ツバメが人間の生活圏内に営巣するのは、そこが彼らが住むのに適した環境だからだ。
彼らが7月初旬に巣立ってから、私の家には蜂や蜘蛛が近づくようになった。最近はムカデとヤモリが現れた。この家はあまりにも多くの生き物を惹きつけすぎる。
ツバメがいてくれると人間も住みやすくなるから「ツバメを追い払うと不幸になる」という言い伝えができたことを実感した。
となりにすわろう
My Neighbor Swallows
映像9分44秒
2024
Tea Drawings
紅茶染、透明水彩、キャンバス、水彩紙
2024
支持体の上に紅茶を垂らし、偶然できた染みの形から連想して加筆している。
ツバメをリサーチしていると、人間が生き物をどのように解釈してきたのかを考えさせられる。結局は都合よく想像しているにすぎない。けれど、実際に「お隣さん」として毎日顔を合わせていると、やっぱりかわいい。「子育て大変ですね」とか「いつも害虫駆除ありがとうございます」とか、ついそう思ってしまう。糞で汚れた床を掃除したら、彼らもそれに応えてくれるような気がしてしまう。なんて身勝手なのだろう。
何かを見出すことは、絵画そのものだ。手製の絵画は不透明で、何も確かではない。そこには作者が何を見出したいかだけが現れる。
私は普段、仕事中に紅茶を淹れるのだが、たいてい作り過ぎて飲みきれなくなってしまう。たまたま紙の上にこぼれた紅茶の染みを見て、こうやってものごとが始まるのだと思った。
だから、この作品は写真ではなく、絵画でなくてはならない。それも、最小限の描き込みによって、ぎりぎりモチーフを見出せるものである必要があるのだ。
フルスペクトルカメラによるセルフポートレート。
「サイボーグの惑星/Planet of the Cyborgs」シリーズでは、写真作品は全てフルスペクトルカメラで撮影している。
フルスペクトルカメラとは、デジタルカメラに元々取り付けられているイメージセンサー前のフィルターを取り外した改造機のことだ。通常の製品に最初から取り付けられているフィルターは可視光線だけを透過するように作られていて、デジタルカメラが人間の肉眼で見た色を再現するための役割を果たしている。その元のフィルターを外し、赤外線、可視光線、紫外線を透過するクリアフィルターを装着したものがフルスペクトルカメラだ。
元々カメラのイメージセンサーは人間の見える色域を超えたポテンシャルを持っているのだ。人間の狭い色域に制限するリミッターをカメラから外したならば、機械の眼は別の種としての視界になる。
フルスペクトルカメラから見た私の姿は、どんな惑星の住人に見えるだろうか。
カメラ・アイ
Camera, I
インクジェットプリント
2024
鳥の眼、虫の目、機械の目
Bird's, Bug's, Mechanical Eyes
OHPフィルム35mmマウント60枚、スライドプロジェクター、スイッチボット、ロール紙
2024
この作品はフルスペクトルカメラのレンズに、可視光線を遮断するフィルターを付け外ししながら撮影している。撮って出しの画像だと赤外線で全て真っ赤に染まっているので、色味が最も多く見えるところまで現像ソフトで調整した。デジタル赤外線写真はもともとフォルスカラー(カラースワップなどを使用して好みの色調に変化させる)で仕上げることが多い。人間が見ることのできない色なのだから、人間基準の「正しさ」はあてにならない。
多くの鳥類の眼は、人間よりも広い色域を持っている。彼らは紫外線を見ることができるのだ。同じように昆虫の中には、赤外線を見ることができる種類がある。他の生物が見ている風景を人間は見ることができない。人間が手を加えてきた野菜や果物や花は、可視光線外の光を反射したり吸収したりして、本当は私たちが知らない色をしている。
撮影した場所は、日本と台湾で、複数の都市が混ざっている。街中もあれば、植物園、動物園もある。撮りながら歩いていると、やっぱり私は、本物と偽物、虚像と実像が混ざり合い、人間の主観的な想像に基づいたイメージで構成されているものが気になるのだと自覚した。でもそれだけでなく、当たり前の風景が太陽光を受けて、他の種の目にはどのように見えるのかを知りたかったのだ。
人工庭園
Artificial Garden
インクジェットプリント
2024
緑化壁やショッピングモールの中のプランター、カフェの観葉植物など、身近にある植物をよく見てみると、意外と高い割合で造花であることに気がつく。理由は明白で、生きている植物は手間がかかるからだ。
だが最近、素敵なインテリアグリーンのイメージではなく、それが実際に生きていて人間に消費されるという事実が大切なのかもしれないと思い、料理後に野菜の切れ端を栽培する「リボベジ」をはじめた。豆苗、大根、青梗菜、アボカドが今のところ順調だ。
この作品では、紫外線ライトを当てて、本物の植物と造花を撮影した。生花に加えて豆苗が被写体として採用されている。フルスペクトルカメラによる撮影だと、生花の方は部位によって吸収や反射の割合が違うように見えるが、造花は白系の色味の布は反射が強く光る。
この作品では紫外線付近の可視光の色味を抑えて、あえて自然に見えるように調整している。その理由は二つある。一つ目は、可視光線外の光で撮影したところで、結局のところ人間の肉眼を通すためには、可視光線内に戻さなくてはならないからだ。二つ目は、生花と造花は、紫外線や赤外線の反射率が違うので、鳥や虫の目には差が明らかだが、人間の肉眼には違いが見えないからだ。
惑星レベルで見れば、植物と布やプラスチックの造形物は何も似ていない。しかし人間は、自らが作り出した本物そっくりの人工物に満足している。
Exhibition
2024年8月3日-18日
時間■13:00 〜 20:00
休館日■月曜日、火曜日、水曜日
〒151-0051 東京都渋谷区千駄ケ谷5-20-11 第一シルバービル1B
菅 実花(かん みか)KAN Mika
【経歴】
2021年 東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻博士後期課程修了
2016年 東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻博士後期課程入学
2016年 東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修士課程修了
2014年 吉野石膏美術振興財団在外研修員として シュトゥットガルト美術アカデミー留学
2013年 東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修士課程入学
2013年 東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業
【主な個展】
2024年「I Won’t Let You Go」1839當代藝廊(台北)
2023年「シスターフッド」ギャラリー10[TOH](東京)
2022年「OPEN SITE 7|菅実花『鏡の国』」トーキョーアーツアンドスペース本郷(東京)
2021年「第15回shiseido art egg 菅実花展 仮想の嘘か|かそうのうそか」資生堂ギャラリー(東京)
2021年「BankART U35 菅実花個展」BankART KAIKO(横浜)
2019年「The Ghost in the Doll」 原爆の図丸木美術館(埼玉)
2018年「The Silent Woman」文京区立森鷗外記念館(東京)
2016年「The Future Mother」慶応義塾大学日吉キャンパス来往舎(神奈川)
【主なグループ展】
2023年「食とアートと人と街@横浜ポートサイド地区」横浜ディスプレイミュージアム(横浜)
2023年「科学と芸術の丘」ParadiseAIR(千葉)
2023年「Women’s Lives 女たちは生きている―病、老い、死、そして再生」さいたま国際芸術祭2023市民プロジェクト「創発inさいたま」さいたま市プラザノース・ノースギャラリー(埼玉)
2023年「ICCキッズプログラム こんにちは、もうひとりのじぶん」NTTインターコミュニケーション・センター(東京)
2022年「“Can you fuck it?”–The Fembot Phenomenon」人間レストラン(東京)
2021年「Where is my body?」LEE SAYA(東京)
2021年「TOKYO☆VOCA II」第一生命ロビー(東京)
2020年「東京藝術大学大学院美術研究科 博士審査展2020」東京藝術大学大学美術館(東京)
2020年「−先端芸術表現科20周年&伊藤俊治教授退任 記念展- INTERMEDIA ART 2020 APPARATION」東京藝術大学大学美術館陳列館(東京)
2020年「彼女たちは歌うListen to her Song」東京藝術大学大学美術館陳列館(東京)
2020年「VOCA展2020 現代美術の展望−新しい平面の作家たち–」 上野の森美術館 (東京)
2019年「第14回群馬青年ビエンナーレ2019」群馬県立近代美術館(群馬)
2018年「RADICAL OBSERVERS」akibatamabi21(東京)
2018年「めざめるかたちたちForms Awakening 吉野石膏美術振興財団在外研修助成採択者成果発表展」スパイラルガーデン(東京)
2017年「黄金町バザール2017 – Double Façade 他者と出会うための複数の方法」黄金町Site-Aギャラリー(横浜)
【受賞歴】
2023年 第四回学会賞(日本人形玩具学会)
2020年 VOCA展2020奨励賞
2020年 野村美術賞
2020年 平山郁夫文化芸術賞
2016年 日本文化藝術奨学金
2014年 吉野石膏美術振興財団在外研修員
【出版・連載】
2023- 関根麻里恵・菅実花 往復書簡「ラブドールソウゾウロン」『NeWORLD』
2021-2024 写真+エッセイ「四時の彼女」『週刊読書人』一面(2021年11月5日号~2024年4月19日号)
2019-2020年 新聞連載小説『本心』作・平野啓一郎/画・菅実花「北海道・東京・中日・西日本新聞朝刊」(2019年9月6日~2020年7月30日)
2018年『〈妊婦〉アート論 孕む身体を奪取する』山崎 明子(編著)/藤木 直実(編著)青弓社
【コレクション】
1839當代藝廊
東京藝術大学大学美術館
ピゴッツィ・コレクション
© 2024 Mika KAN


















